被災時の会計処理の網羅性~KAMの好事例集を読んで~
- 佐藤篤
- 2024年3月1日
- 読了時間: 3分
2024年2月13日に公表された「証券アナリストに役立つ監査上の主要な検討事項(KAM)の好事例集2023」(以下「当該事例集」)を眺めておりました。
その中では優良KAMとして23社が選ばれているのですが、その他に特別枠が設けられています。
この特別枠、当該事例集の中では、以下のように説明されています。
(前略)全般的な評価は高くなくても、ある点については証券アナリストに役立つ、または監査人・被監査会社へのメッセージになるKAMの記載がある会社について、(中略)特別枠として2社を選定。
特別優れている訳ではないが、何らかの気付きを与えてくれるKAMということなのでしょう。
その特別枠の一つとして、王子ホールディングス㈱(以下「王子HD社」)の2023年3月期のKAM(以下「当該KAM」)が選定されています。
一読して、監査する側の立場から、「役に立ちそうだ」と感じましたので、個人的メモとして取り上げることにしました。
まず、当該KAMの表題ですが『ニュージーランドへ上陸したサイクロン「ガブリエル」がもたらした会計上の影響』というものです。
これが選ばれた理由として、当該事例集に以下のように記載されています。
被監査会社は、ニュージーランド子会社で大型サイクロンの被害を受け、物理的リスクが顕在化したが、このKAMでは被害による会計上の影響が網羅的に記載されており、証券アナリストにとって有用な情報になる。
私が今回取り上げようと思った理由もまさにこの点に尽きます。
滅多に起こらない上に重要性が高い事象が発生した時に、そこに時間的制約が加わると、網羅的に会計処理することが困難を極めます。
そのような時の会計処理とそれに係る監査手続のチェックリストとして有用な情報だと感じたのです。
実際に王子HD社が行った会計処理は、当該KAMによれば、以下の通りになります。
有形固定資産(植林立木除く)の除却損
棚卸資産の減耗・評価損
植林立木の評価損
工場の操業停止に伴う契約義務違反と木材流出による第三者への損害補償に関する引当金の計上要否(結果的には計上せず)
特別損失に計上する製造固定費の範囲及び金額
受取保険金
こうして眺めると当たり前の項目ばかりですが、いざ当事者になると、気ばかりが焦って、何かしら会計処理を漏らしてしまいそうです。
特に引当金については、個別性が強い項目なので、尚更気を付けておきたいところです。
監査手続については、全てをここに記すことはしませんが、特徴的だなと感じたものだけ以下に記載します。
使用不能となった固定資産の範囲の確認のために実施した社内エンジニアの実地調査への立会を実施。
PANPAC(被災した王子HD社の連結子会社)が除却を要すると判断した棚卸資産の妥当性を検討するために、棚卸資産の実地棚卸に立会を実施。
販売不能と見込まれる植林立木の対象範囲の算定結果の妥当性を検討するために、PANPACが取得した航空写真や同社の測量結果を入手し、同社の監査人が入手した外部情報との比較を実施。
監査する側の人繰りも大変(と思われる)な中、固定資産と棚卸資産の立会を実施しているのは流石です。
それと、植林立木の評価損算定にあたって、航空写真を用いるというのも勉強になりましたし、それを検証するために外部情報と比較するというのも、中々気が付きにくいところかと思います。
このように監査人にとっても有用な情報を当該事例集は提供してくれている訳ですが、どうやら2023年度版をもって終了のようです。
残念ではありますが、作成から公表に携わった関係者の方々にお礼を申し上げたいと思います。
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