マルチプル法は有効な評価手法か~「企業会計」2023年4月号~
- 佐藤篤
- 2023年5月9日
- 読了時間: 3分
「企業会計」2023年4月号「進化する会計・ファイナンスの世界〜2種類の企業価値評価とマルチプル法の手順や効果〜」(吉永裕登)を読みました。
マルチプル法とは
同業他社比較に基づく評価方法で、どの企業も長期的には同業他社と同じ評価水準に収束していくという仮定に基づく。
他社の製品やサービスの分析、調査を行った結果、いつの間にか他社の後追いや模倣となり、結果的にどの企業も似た製品やサービスを提供する結果に陥る。
同業他社と一線を画した独自の地位を築き、長年維持している企業も存在するが、こういった優れた企業に対してマルチプル法を適用するのは不適当であり、係る企業にはDCF法に代表されるモデルを用いた企業価値評価が適している。
メリット
裁量の余地が小さいこと
分析にかかる労力が少なく済むこと
デメリット
様々な業種や地域に進出した企業のように、そもそも同業他社を探すのが困難な企業はマルチプル法での評価はあまり適切ではない。
例えば実体経済に比べて株価が全体的に高すぎる状況では、当然ながら分析対象企業の株価も平時に比べて割高な傾向にある。しかしマルチプル法はあくまで同業他社の水準のみから相対評価する手法であるため、分析対象企業も同業他社も平時より割高になっている状況でマルチプル法による評価を行うと、分析対象企業が割高ではないと評価される確率が高くなってしまう。
マルチプル法の手順
一番難しいのは最初の同業他社の選定。なぜなら現代の上場企業は一般に事業や地域の多角化を行っているため、全く同じ地域で全く同じ事業を行っている同業他社は基本的に見つからないから。
どのマルチプル(指標)を使うべきかは分析対象に依存する。成長途上の企業であれば実績利益よりも予想利益を使う方が良い。逆に成熟企業であれば実績利益を取得してLTM(Last Twelve Month)を計算する方がタイムリーな分析が可能。
複数のマルチプルを活用する方法であれば、誰でもそこそこの精度の評価が可能。
同業他社のマルチプルの中に異常値が含まれる場合を考慮すると、中央値を用いるのが望ましく、参考として平均値を用いるのが良い。
日本におけるマルチプル法の効果
簡便故、一見有効性は低そうだが、実は案外使える手法であることが過去のデータから示されている。
PBRとヒストリカルPERのそれぞれを用いてマルチプル法で推定された2つの時価総額の間をその企業の時価総額の適正水準と考え、この範囲より時価総額が低ければ割安、高ければ割高と判定した分類方法によった結果、割安と判断された企業のリターンが最も高く、割高と判断された企業のリターンは最も低かった。そして、割安グループと割高グループの年次平均リターンの差は約8%に及んだ。
個人の資産運用の場面では、割安銘柄への集中投資ではなく、投資信託の銘柄選択に用いるべきである。
感想
正直、手垢の付いた手法ですし、学んだところで利用価値はないのでは?と思って読んだのですが、今でも有効性があるというのは意外感がありました。
デメリットに記載した内容に注意すれば、十分に利用可能な手法のようです。
なお、当該連載シリーズの書籍化の計画があるとのことで、今から楽しみです。
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